36.偽物の決戦

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「さあ、みんな行こう!」

コンスの掛け声が合図だ。これから、偽物の決戦がはじまる。

眼前には、火竜の姿に戻ったカリュがいた。

「か弱き勇者どもがわしを倒せるとでも思っているのか」

カリュはとても演技が上手い。長く生きてきたからだろうか。

その時だった。

「……たす……けて」

クレアだった。お腹を抱えて、手をカリュに伸ばしていた。

「破水してる!」

珍しく、マールが普通にしゃべっている。

「どこか、屋根や設備のある場所は?!」

カリュがすぐさま、人型に変身しクレアを抱きかかえた。

「わしが前におった小屋へ行こう」

「カリュ……悲しまないで……自分を責めたりしないで……子供をお願いね……」

そう言うとクレアの意識は消えた。

「どういうことじゃ、クレア!」

「カリュ、早く! 彼女の命の灯が消えかかってる!」

相変わらず普通にしゃべり続けるマールだった。普通にしゃべれるなら、そうしてほしい……。ちなみに、マールは人の生命力を数値として認識することができる。僧侶ならではの能力だ。

「どうして、命の灯が戻らないの!?」

必死に回復魔法をかけ続けるが、クレアの容体は良くならない。

「無駄なのである……」

ヘルンは絶望に染まった瞳から大量の涙を流していた。

「魔法使いは、その母親の命を犠牲にしてこの世に誕生するのである。大きな魔力に母体が耐えられないのである。特に一世代目は、魔物が父親の場合、母親が助かることはないのである」

「貴様、それを知っていて、わしに教えんかったのか?!」

「クレアが言うなといったのである!」

「方法はなかったのか!」

「あったら、とっくにやっているのである! 我も、そうして産まれた子供なのだから!」

ヘルンは泣き崩れていた。

「魔法使いにそんな秘密が……」

アルルも知らないことだったようだ。吟遊詩人は、劇的な話の内容になるようなことを記録する。しかし、このような重い秘密は、語ることが憚れる。明るみに出ることも少ないだろうし、進んでそんな話をしたくないだろう。結果、語られることはなかったのだ。

「産まれるわ」

マールが冷静に言う。彼女は元来、頼りになる女性なのだ。その職業柄、たくさんの死を見てきた。もちろん、出産にも立ち会ったことがある。だが、その光景は普通の出産とは全く違っていた。とても不思議な光景だった。今まで抑えていた魔力が解き放たれて、収束する。そして、人の形をとった。

「クレアの命の灯が消えたわ」

マールの全く感情を含まない、冷静な声。その手には産まれたばかりの赤ん坊がいた。

『うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっぉぉおっぉぉおぉぉぉぉぉ』

カリュの雄叫びがそこらじゅうに響いた。絶望と悲しみで我を失っている。火竜の姿になり、そこらじゅうに炎をまき散らしていた。

「戦闘隊形に!」

「ヘルンは使い物にならなそうだ」

コンスが叫び、ゲイルが答える。ヘルンは茫然としながら、涙を落とし続けていた。

「戦力的に痛いな。赤ん坊を預けてマールは後衛に入ってくれ」

「わ~かった~わ~」

マールの口調が戻っている。戻らないでほしかった……。

「ヤバい。死ぬかも……」

アルルは遠くを見ていた。火竜はほとんど、伝承に残っていない。その存在を表舞台に出すことはなかったのだ。戦闘記録などありはしない。水が弱点そうだが、魔法を使えるヘルンは戦闘に参加することはできないだろう。

「偽物の戦いだと思っていたら、本気以上の戦いになるってどんな鬼畜な展開だ!」

コンスが叫ぶ。炎が目の前まで迫ってきている。何の準備も対策もしていない。だが、カリュを正気に戻さなければ、死ぬだけだ。

「死にたくない!」

アルルが風の防御壁を作る。

「長くは保たないよ。風を使えば、火は煽られ一層強くなるから、あんまり期待しないで!」

油断していた彼らは生き残ることができるのか。偽物の戦いは、本物の戦いへ。

 

 

 

 

 





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